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【筑前国一之宮】筥崎宮(はこざきぐう)秀吉も愛した千代松原に鎮む神

福岡県福岡市

 

「敵国降伏」

 

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第60代醍醐天皇の直筆を型取ったと伝わる。

 

こんな額が飾られた楼門は、世界広しと言えどもここだけ。

 

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鎌倉時代、蒙古襲来の際、起死回生の神風を呼び起こしたとされ、以後「戦いの神」として歴代の武将達に崇敬された。

 

別称、筥崎八幡宮

 

京都の石清水八幡宮

 

大分の宇佐神宮

 

とともに三大八幡宮の一つとも呼ばれている。

 

主祭神は、もちろん第15代応神天皇

 

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「筥崎」の名は、神功皇后が応神天皇を出産した際、胞衣(えな/胎盤)を「筥」という容器に入れたのが由来。

 

ただ、同宮が在する地名「箱崎」には、「筥」の文字を使われていない。

 

八幡様に恐れ多いという理由からである。

 

海岸沿いから本殿に至る約1キロ、一直線の参道が印象的。

 

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今は無き大鳥居・・・・・

 


んで、ここで、ちょっと言いたいことが、、、


かつて、博多湾の海岸線には、国内有数の美しさと称された松林が続いていたのをご存じだろうか。

 

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中でも、筥崎宮一帯は、

 

「千代の松原」

 

と呼ばれ、日本三大松原の一つであった。

 

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豊臣秀吉が、この地で千利休プロデュースの茶会を催したのは有名な話。

 

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その後は、黒田の殿様の元、繰り返し植林が行われた。

 

海の中道から百道浜、生の松原にかけて、計画的に整備され、博多湾全体が松原によって取り囲まれる絶景が形づくられていった。

 

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が、、、

 

明治、大正、昭和、路面電車や鉄道、道路、公共施設の建設、海岸の埋立て、県庁の移設などの都市化・宅地化で、全域のクロ松が次々と切り倒された。

 

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また、害虫や排気ガスで、松林は次第に姿を消して。。。

 

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ほんとにもう。。

 

昔さぁ、海水浴場って、どこもこんなじゃなかった?

 

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