確か3年前の秋だったか、私は今宿海岸沿いにあるカフェの窓際に座り、何気なく海を眺めていた。
天気は晴れ。北東から少し強めの風が吹いている。
沖では、大きなセイルをつけたボードに乗った上級者と思えるウインドサーファー達が、風を巧みに捉えて快調に走っていた。
ふと、波打ち際に目を落とした私は、ウェットスーツを着た一人の女性が海に入ろうとしているのに気づいた。
年齢は、40歳くらいか。
オレンジ色のライフジャケットを身に着け、小さめのセイルがついた初心者用のボードを抱えている。
全て、近くのサーフショップでレンタルしたのだろう。
誰かに教わり、波乗りの方法はわかっているようだが、ボードやセイルの扱い方はぎこちなかった。
海面が腰の高さくらいになった場所で、ボードに乗ることはできるが、なかなかセイルを持ち上げることができない。
やっと持ち上げたと思ったら、バランスをくずしてボードから落ちてしまう。
何度もそんな事を繰り返していたが、彼女に諦める様子はない。
そしてついに、ボード上でセイルを持ち上げる事に成功。
かすかに風を捉え、ボードはゆっくりと沖に向かって動き出した。
決して格好いい姿勢ではなかったが、ボードの上で、必死にセイルを操作している。
10メートルくらい走ったところで、彼女はバランスをくずして海に落ちた。
疲れ切ったのか、砂浜に戻ってきた彼女は、堤防に腰掛けた。
肩で息をしながら海を眺めている。
そこからである。
意外な光景が、目に飛び込んできた。
彼女は、海の方を向いたまま肩を震わせて、泣きだしたのである。
後を姿なのでハッキリわからなかったが、両手で顔を覆っている様にも、手を合わせている様にも見えた。
しばらくして、気持ちが治まったのか、立ち上がった彼女は、海に一礼。
ボードとセイルを抱えて去っていった。
彼女にとって、今日の波乗りは何の為だったのだろう。
単に「上達するための練習」だったのか、それとも、何か大切な何か(誰か)の為にとか、、。
手を合わせたのは、「海に」なのか、沖に浮かぶ「能古島に」なのか、、。私の考えすぎかもしれないが、彼女の所作が、それほど印象的だったのだ。
しかし、あれ以来、今宿海岸でその女性の姿を見ることは・・・ない。