茨城県鹿嶋市
祭神・武甕槌大神(たけみかつちのおおかみ)は、お隣の香取神宮祭神・経津主大神(ふつぬしのおおかみ)と共に武神・軍神として古代より祀られてきた。
東京ドーム15個分に相当する境内は、杉、椎、モミなど600種に及ぶ樹木の広大な森林である。
現存する社殿は、徳川2代将軍秀忠から奉納された。
ここでは、鹿島神宮に伝わる日本最古最大の剱(つるぎ)
「布都御魂(ふつのみたま)」について。
その長さ、271センチ。
江戸時代の一般的な日本刀が120センチ位だったことを考えれば、とんでもない大刀である。(現在は、宝物館休館中で見ることができない。)
高天原から下ったタケミカヅチは、この剱で出雲の国譲りを成し遂げ、下界(あしはらなかつくに)を平定した。
後に、神武天皇の手に渡り、神武東征を経て王朝誕生を成就させる武器となった。
ただ実は、本物は奈良の石上神宮にあるとされ、鹿島神宮に収められているものは、奈良時代後期に作られたものと伝わっている。
レプリカでも、千年たてば立派な国宝である。
香取神と同様に、もともとは鹿島神も地域土着の神だった。
しかし、ヤマト政権の東国進出とともに、この地が軍事拠点として重要な役割をもつようになる。
次第に、鹿島神が武力の象徴として祀られるようになっていく。
地政学上、この地の民は、元来勇猛で戦いに慣れていた可能性もあり、有力氏族だった中臣氏(後の藤原氏)を中心に、強大化したと考えられる。
ここは、まさにサムライ発祥の地と言える。
ということで、東海道一之宮シリーズ最後の記事なのでボケなしで終了。
あ、そうそう、
そういえば、古代では鹿の飼育が盛んで、なんでも鹿島神宮~香取神宮間の手紙交換は、鹿がやってたらしい。。マジで。
えっ?オレが?
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