博多な?住吉 なんでもBLOG

Green Star Office提供!福岡市博多区住吉エリアのお勧めスポットや最新トピックから、その歴史や生活情報まで。なんでもお伝えいたします。

【筑前國一之宮住吉神社】住吉は、なぜ「住吉」なのか。

博多区住吉「住吉神社」の名前の由来に触れてみたい。

奥が、チョー深いので出来るだけ簡単に。

 

f:id:bit150430:20171126232920p:plain

 

歴史は、とんでもなく古い。。マジ古い。

神社公式ウェブサイトには、創建1800年以上前とあるが、そんなもんでは済まない。

 

この住吉の町は、かつて「住之江(スミノエ)」と呼ばれていた。

 

由来は、、

この辺にいた古代日本を代表する海人族「安曇(あずみ)氏」

 

海人族(かいじんぞく、あまぞく)とは、漁業や海上輸送など、海での活動で大きな力を発揮した集団のことである。

 

f:id:bit150430:20171126234201p:plain

 

彼らの出身は、インド・チャイニーズ系と南方インドネシア系の2系統と言われる。

で、安曇氏はというと、中国が、秦の始皇帝によって統一されるずっと前、

 

f:id:bit150430:20171126233515p:plain

 

春秋戦国という諸国が20以上に分かれた時代、今の上海(シャンハイ)近くにあった「呉」という国の民だった、、らしい。

 

紀元前473年、呉は周辺諸国との争いに敗れ滅亡。

人々は海へ逃れ、ボートピープルとなり、安曇は日本列島を目指した。

 

五島や対馬を経て、博多湾にたどり着く。

話はここから。

 

彼らは、ただの難民ではなかった。

当時の日本人が見たこともない、いくつもの驚くべき技(わざ)を持っていたのである。

水田稲作、養蚕、そして神のごとき操船技術、等々。。

 

あっという間に地域を発展させ、人々に必要とされる「海の民」となった。

その安曇一族が、信仰の対象にした海の神「わたつみ」を祀った場所が、後に多くの人に崇敬される住吉神社になった(日本書紀とちょっと違う。。)というお話。。説。。

 

当時、このまわりは海だった。

ちゃんと言うと入江。

「安曇の入江」

から呼び名は変わり、

「安曇の江」

「スミノエ」

ってな感じである。

 

f:id:bit150430:20171126232643j:plain


で、「スミノエ」→「住吉」には、次のストーリーがある。

今回は、ここまで。

 

【外部リンク】

【公式】福岡(博多)の筑前國一之宮 住吉神社